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中野サンプラザの21の輝き

by Love in Qushu

ファインダー越しだからこそ見える世界もあると思った。

私かバレーボールにハマったのは約2年前だが、試合を見に行くと、まあ、いわゆるカメコがたくさんいて…しかもものすごいレンズとかガチの機材で、最前席からバシャバシャ撮っていて、この人たちは試合を見ていないんだな、撮るために来ているんだなと思っていた。私は試合を見に来ている。だからその人たちとは一線を画していた。

木村沙織選手が引退することになり、彼女に魅せられてバレーボールに足を運ぶようになったこともあって、せっかくそこそこの望遠もある一眼レフを持っているのなら一度撮りに行ってみようかな。最初はそんな気持ちだった。

初めてカメラを持ち込んで見たバレーボールの試合は、肉眼でみるそれとはまた違って見えた。カメラで撮るということは何も撮るだけが目的ではない。ファインダー越しだからこそ見える世界があるのだな、と。簡単に言えば望遠レンズは双眼鏡と一緒だ。ズームで見るからこそ見えるものがあるんだなと。

実はLinQの節目というか大箱のライブ(4、5周年等)は、ファインダー越しでしか見たことがない(仕事として)。しかも、これは間違いないと思うんだけれど、今回の福岡市民会館と中野サンプラザ、両方をファインダー越しに見ていたのは私だけだったと思う(ビデオカメラのファインダー越しはいるだろうけれど)。だからライブを本当の意味では見ていないし楽しんでもいない(ライブは記録するものではなく楽しんでその結果記憶するもの)けれど、ファインダー越しに見えた視点としてお読みいただければと思う。

まず、福岡市民会館でファインダー越しに見たLinQに正直びっくりした。見違えていた。本当に輝いていた。それは中野サンプラザでもそうだった。ひいき目かも知れないけれど、これまでファインダー越しに見てきた彼女たちは、福岡市民会館と中野サンプラザの両公演では明らかに変わっていた。

なぜ変わったのか。あくまでも一個人の意見だけれど、「私はこれでやっていくんだ」というか、「私はこうなんだ」というか、そういうのがはっきりと、いわば確信が芽生えたのではと。

中野サンプラザで、伊藤ちゃんがセーラー服で出てきたときに「学生みたいのがいるね」と誰かに言われて「これが伊藤の“アイデンティティ”なんだよ」と言っていたけれど、まさにこの言葉だと思った。アイデンティティ。日本語で自我。「自分が自分である理由」とでも言おうか。

「私は何のためにLinQにいるのか」
「私は何のためにアイドルをやりたいのか」
「私はどうなりたいのか」
「そのなりたい姿はLinQで叶うのか」

この5ヶ月間は間違いなくその葛藤の日々だったと思う。突然威圧感ハンパないおっかない振り付け師がやってきて、容赦ない点数をつける。あれはいわゆる「ドラマ」だった。でもなっちゃんのケガはドラマじゃあないんだよ!その違いくらい、わかるよね?

あれは、突然株主が変わって、容赦なくコスト削減を迫る新経営者みたいな存在だった。変革にはああいう人も必要なのだろう(私はあの人のことは全然知らないけれど、あえて厳しいことを言おうと汚れ役を買っていた気もする。でもMIKIKO先生だったらよかった←しつこい)。今までとは違う人がやってきたから違う物差しで評価される。今までだったらいい点数をつけられていたのが、突然悪い点数をつけられる。その逆で、いい点数をつけられた人もいただろう。

「今までとは違う物差し」が導入されたことは、一定の刺激というか、新たな視点をメンバーにもたらしたとは思う。そしてもちろん「誰に何と言われようと私は私を究めるだけ」という考えのメンバーもいただろう。伊藤ちゃんのことだ。

メンバーそれぞれが「私とは」というものを模索し、時には葛藤し、そして境地に達した。悟りを開いたというか。それがこの5ヶ月だったし、「私」というのを見せる場が中野サンプラザだったと思う。

これが私、そしてこれがこれからの私。

今までだったら「LinQの○○(メンバー名)」だったのが、ある意味LinQという名の大きな傘の元に隠れていたのかもしれないけれど、LinQ>○○ではなく、LinQ<○○くらいにならなければ。最近メンバーが「LinQ、そして○○を宜しくお願いします」と言っているのもその現れだと思う。LinQを大きくするのは誰かがやってくれるのではなく、まず私が大きくならなければ。そんな意識なのではと思う。

今まではWe are LinQだったのが、I am LinQになったといっても過言ではない。もちろんみんなでLinQ、なんだけれど、それ以上にまず私がLinQなんだと。私がLinQでなければダメなんだと。誰かがやってくれる、ではなく、まず私が。そんな意識の変化が起きた5ヶ月だったのではないだろうか。

元々福岡市民会館も中野サンプラザも「I am...」というタイトルがつけられていた。副題は福岡市民会館は軌跡、中野サンプラザは奇跡。そう、福岡市民会館は「5ヶ月の私」という軌跡、そして中野サンプラザは「これからの私」という奇跡を見せる場だったんだと思う。だから、この中野サンプラザのために用意された新曲が「I am...」だったのは偶然ではなく、そんなメンバーたちへのご褒美というか、「ここまでよく頑張ったね」という一種のメダルみたいなものだったんじゃないかと思う。

しかもそのメダルを作ったのは、今まで彼女たちを見守ってきた制作陣だったのである。そりゃ、最近やってきて少しだけ見た人にメダルをもらうよりは、ここまで見てきた人にもらった方がうれしいはずだ。

しかも。マラソンで言えばこの5ヶ月間ものすごく苦しい日々だったし、ゴールできるのか、そしてゴール地点に人はいるのか、待っている人たちはいるのか、走っている間にどんどんファンが減っていくのでは…という不安があったと思うが、ゴール地点には「I am...」というメダルを用意していたYASSさんとSHiNTAさんがいて、そして何よりファンが沿道でも、そして中野サンプラザというゴール地点でもたくさん待っていた…

これはなっちゃんが言っていたけれど、再開発なんてことになって何よりファンを不安にさせたことをものすごく気にしていたし、これは私の解釈だけれどファンが愛想を尽かさないか、ということをとても気にしていたと思う。ところが、こんなことになってもそんなことはみじんも出さずに、普段と何も変わらないように接し、「待っていた」人たちがいた…

それは、何よりメンバーに勇気を与えたと思う。そして背中を押したと思う。「何があろうとオレたちがついてるやん」「あんな先生の言うことなんか気にするな!ずーっと見ているオレたちがこうして何より評価しているんだから!」

あの日の中野サンプラザはそんな空間だと思った。それにしても冷静に考えれば九州という一地方のアイドルグループが中野サンプラザで公演をするというのはなかなかの奇跡だと思った。すごいことだと思った。

だから。あの日の輝きは何もメンバーが「これが今の私。これからの私」という確信をつかんだが故の輝きもあったけれど、それだけじゃないと思った。

その私に対して、何よりそれを認め、受け入れてくれる人たちが目の前にいること。「この5ヶ月間の、こんな私でよかったんだ」。そんな、曲というメダルとファンからのメダルをこの日は手に入れたんだと思う。

ちょっと話はそれるけれど、福岡市民会館と中野サンプラザ、共通していたのは「青春グラフティ」をドラマ仕立てでやること、だった。あれだけは譲れなかったのかもしれない。メンバー側がどうしてもやりたかったのか、エイベックス側がやりたかったのか。「ショー」という要素をどうしても入れたかったのか。でも、こう言っては何だけれどLinQでのショーは「雨にぬれても」という曲が既にある(あれは「雨に唄えば」の現代版だと思っていた)。とはいえあれは今までには見られないLinQの姿を見せるという点ではよかったし、LinQの可能性を広げた部分はあると思う。見たいかどうかは別として。ある意味「Funky!LinQ」もそうだ。あれも、普段のLinQの曲ではあまり見られないダンス(ソロパートはどのメンバーも素晴らしかった)であり、LinQの可能性を広げたとは思う。広げるには必要であってあれをずーっと見たいとは思わないけれど。

違う尺度を導入してメンバーの可能性を広げた、という点では一連のプロジェクトというのは必要だったのかもしれない。それが「違う尺度でもお前はダメなんだ」という部分もあるかもしれないけれど。そうなったらまた別の、自分が輝ける尺度を…自分で見つけるしかないのかもしれない。それはアイドル界ではないのかもしれない。

そういう部分を引っくるめての「I am...」だったと思う。個人的な話をして申し訳ないが私だって、会社を飛び出したのもそういうことだ。この会社の尺度では自分はダメなんだ。自分が輝ける尺度を探さなければ。

ダラダラとやるよりは今ここではっきりさせよう。そういうことは必要だったりする。しかもアイドルというのはどうしてもある程度の年齢制限がある。限られた時間の中で、というのはどうしてもある。

とまあ今はどんなにプロジェクトを肯定して綺麗事を言っていてもそれらが全て覆される可能性は全然あるのだが…「あんなこと言ったけれど、結局はメンバー全員に奮起を促すためのものでした。今まで通りこの21人でやっていきましょう」(新メンバーを加えるのは必要だと思うけれど)

そんな茶番につきあわされた5ヶ月だったとしても全然かまわない。だってメンバーが幸せになるのだから。これは間違いないと思うんだけれど「私はこのLinQにいたい。この21人のLinQでいたい」というのは、中野サンプラザを終えて、全員の共通認識だと思う。

実は。私は撮影の準備でリハーサルを一部見ていた。で、「未来日記」が流れてきたんだけれど、この曲は今聞かずに本番で聞こうと思って会場を離れた。これは今聞くべきではない、と。

そして本番で…あのときのなっちゃんが、この中野サンプラザ公演の全てだったと思った。ファインダー越しに涙が出てきた。この曲こそが、まさに未来の、この中野サンプラザの公演後からスタートするLinQだと思った。

この21人で、この先も、そしてもう一度…

ところで。質問です。
皆さんは、LinQって誰のものだと思いますか?


私は、基本的には誰のものでもなく皆さんのものだと思っていますけれど、強いて言うのなら、メンバーのものだ、って思ってます。

でも、今回の中野サンプラザを見て、考えが変わりました。
それは、メンバーのものではなく、メンバー+あさみさんのものなんだなって。あさみさんは元々メンバーだったわけでその延長線上にいる、いわばメンバーと一体のものかもしれないけれど、でもやっぱり、あさみさんがいてのLinQなんだなと。

あさみさんがこのプロジェクトにどういう関わり方をしているのかはわからないけれど(動画では責任者ということになっているけれどあれは安易なドラマ仕立てなので)、でも、あさみさんがもっとお客さんにいいパフォーマンスを見せなければダメだ、もっと全国に通用するグループにならなければダメだ、と、もしかしたらプロジェクトを立ち上げることで心を鬼にしたのかもしれない。

もう一度、あのLinQを。結成当時に夢描いていたLinQを。「福岡からアジアへ」と大きな夢を描いていたLinQを。もう一度大きな夢を描くために、いったん壊そう、と。

あの日の中野サンプラザの輝きは、そんな部分もあるのかもしれない。これからの未来を夢見ての、輝き。
プロジェクトの行方が発表されていない今はそう思う。これからのことはわからない。

ただ。メンバーにとっては貴重な5ヶ月だったことは間違いないと思う。皆さん本当にお疲れさまでした。そしてそれを支えたファンの皆さんも、まずはお疲れさまでした。


最後に。

オレは今のこの21人のLinQが好きなんじゃい!


Love in Qushu
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