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新木さくらのただよい

by Love in Qushu

空を見上げることが増えたのは、年を取ってからだと思う。つらいとき、いや、そうではないときでも何か、ふーっと息をつきたいときは、自然と建物の外に出て空を見上げる。ドリカムに「空を読む」という曲があるけれどあれは名曲だと思う。乃木坂46の曲に「空は飛ぶためにある 見上げるものじゃない」というのがあるけれど、いやいや、見上げるものだ(笑)。まあ、若い人にとっては飛ぶためのものかもしれないが。

当たり前だけれど空は基本見るたびに違う。雲の形も違うし、見る時間によって明るさも違う。だからぼーっと見上げてしまうのかもしれない。青い空に雲はただよう。ふわふわと。

2017年の1月21日1部の「季節公演~冬~」、そして2017年7月17日2部の「FRONTIER~LinQ第三楽章~」公演…どちらの公演も私にとってはそんな、ぼーっと、見とれている公演だった。センターに立つメンバーが、ふわふわと、ただようさまをただ見ていた。たぶんそれは、何より幸せな公演だったと思う。

きれいとかそういうの以前に、ただぼーっと、見とれていたい公演。具体的にこれが!というのはないんだけれど、ただ、とにかく、「いいんだよなあ…」と言いたくなる公演。至福のひとときとでも言おうか。

その両公演に共通していたのは、センターが新木さくらだった、ということだった。

ものすごく正直に言うと、初めて彼女に会った「ナツコイ」のインタビューのとき(それまでに何回か東京でLinQは見ていたけれど、たぶんだけれど彼女は遠征メンバーに入ってなかったはずだ)、後で自己紹介以外は一言も発していないことに気づいて頭を抱えた(前にも書いたけれど11人もメンバーがいて、しかも初対面だったら、どうしても全員に話を振るという余裕はなかなかない)。後で気づいたのは彼女にとっては初の東京での取材だったのでどうしたらいいのかわからなかった、という理由があることを知った。
※そのときの話はこちらに

その後限られた時間で物販を回る中で、どうしても「あのときはありがとうございました」を言うメンバーはそれなりに話をした人を優先するので、実は彼女と物販で初めて話したのは9月の「ウェッサイ!!ガッサイ!!」のリリイベだった。3ヶ月たっているしまあどうせオレのことなんて覚えていないだろうと行ったら全くそんなことはなくて「えーっ、夏祭りもいらしてたんですか?(ブースに)いらしてくださいよ」なんて言われてびっくりしたのを覚えている(いや、あなたがブースで売っていたのって1万円近くするウ○ルスバスターのソフトだったし…ってそういう話じゃない)。

その後10月の3連休でベストホールに行ったときにも物販に行ったのだが、そこには「2回目ですね」と書かれていた。彼女が、あまり滅多に並ばない人にも「2回目」など数字を書いている、回数を覚えているというのは他のファンの方からも聞いた話だった。

彼女への見方が変わったのは、たぶんだけれど、サーキットツアーが終わった後に見たあの5人のツアー追加公演だったと思う。

ここでは「見ていてこっちまで楽しくなる」という風に書いているけれど、今にして思えば肩の力が抜けたパフォーマンスができるようになっていた、と思った。

それまでの彼女はどこかぎこちなさがあった気がしていた。力が入り「過ぎ」ちゃうと言うか。緊張によるものだったかもしれないけれど、全国サーキットツアーなんてアウェイなわけだし、緊張の数だけ力が抜けるようになっていったのかもしれない。そういえば私がやりたかった「Member」企画は実は彼女が最初だったっけ。

個人的には彼女は「for you」のサビの「for you」で、腕を広げた後に少し間を空けて両手をスッと降ろす、その降ろし方がとても丁寧でいいし、「チャイムが終われば」の「行こう~急いで行こう」の傾け方もとても好き。昨年の年末感謝祭で見た「sakura物語」のサビなんか本当にすごかった。最近だと「Supreme」のサビの「一足す一」の後ろの「一」の出し方が実にいい。なんかこう「所作」を感じさせる人だ。間違いなく箸の持ち方はうまいだろうから一度見てみたいと思うくらいだ。あ。箸の持ち方を間近で見られる機会はないだろうけれどペンの持ち方は物販で見られるから今度見てみよう(笑)

元々そういうしなやかな動きをするメンバーだったから、力が抜ければ抜けるほどそれがより美しいものに昇華していった、それが今の彼女、なのかもしれない。

話は少しそれるけれど、私は彼女は大谷翔平だと思っている。いきなり飛躍したけれど、それは二つのことが同時にできるということ。正直に言うと私はサーキットツアーの全国公演の名古屋で、彼女に「一部ではあそこにいて、二部ではあそこにいましたね」と言われて、要はちゃんとどこにいるか見てますよ、ということなんだろうけれど、それはステージに集中していない部分もあるし…と思っていた。そんなところまで見ていなくていいよ、と。

ところが、気づけば彼女はそれを別に意識してやっているとか、MCに集中しないで他のことをしている、とかではなく、自然とやっていることに気づいた。大谷翔平ってたぶん自然と165キロ出せるし自然と20本もホームランを打っているはずだ。もちろんそこには努力もあるけれどもってした才能なり能力というのもあってこそだと思う。

あと、最近はわからないけれど彼女は物販で、福岡にやってきたファンの人にオススメの飲食店を教えたりしていた。たぶんだけれど、誰しもファンだったらメンバーがお気に入りの店とか気になるはずだ。それこそ会えるかもしれないし、会えなくてもメンバーのお気に入りのメシを食っているだけでシアワセな気持ちになれるはずだ。ShinShinのあの行列だって、このラーメンがお気に入りだというアイドルグループのファンが押し寄せているからだ。

そういうファンの気持ちを十二分にくみ取れるメンバーだと思う。

だから、ファンにとって新木さくらってものすごく身近に感じやすいメンバーだと思う。手が届きそう、そう思わせるというか。でも、彼女はいわば羽のように空気をただよっているので、手を伸ばせばサッと遠くに行ってしまう。あれ?つかんだと思ったのにいつの間にかいなくなってる。そんな感じだろうか。

さて。彼女の特徴というか、当たり前なんだけれど後から入ったメンバーなので、どうしても遠慮してしまう、というのが多々あったと思う。

自分の発言がどう捉えられるだろう、というのはものすごく気を配っていたと思う。それが、あまりグループインタビューであまり話さないということがたびたびあったと思う(去年かな、あやのんやゆうみんのいた、確かグラビアテレビジョンのインタビューで、南波さんから発言を促されていたほどだった)。

だけれど、再開発後のさくらちゃんを見ていると、そんな自分をぶっ壊すことが楽しくなっているというか、自分が言葉を発することに重みがあるからこそ逆に言おう、そう切り替わった気がする。普段話さない人が発する言葉には当然重みがある。えいっ、言っちゃえ、みたいな。もう見る気はないけれどあの再開発動画のメンバーの話し合いだって、さくらちゃんは意見を言っていた。

で、勇気を振り絞っていざ言ってみたらけっこう楽しかったというか、自分の言葉が嫌われるどころか受け入れられる、それによってLinQが変わり出す、というか。

いや、そりゃそうだ。だってさくらちゃんはサーキットツアーで全国を回り、主演映画では九州を回り、と、「ファン以外の人の引き込み方」を身をもって体験しているメンバーの一人なのだ。ノウハウがあるのだ(サーキットツアーも映画も両方経験しているのはおーばちゃんとあーたんと彼女だけだ)。それは今、何より必要とされるノウハウなのだ。

あと、個人的にさくらちゃんの言葉がいいと思うのは、どこか、清書しているというか。発言を求められたら少し考えて清書して、ちゃんと相手のことを考えきれいに見やすくしようとしている、そんな感じだ。

だけれどそんな彼女が先日の福岡市民会館と中野サンプラザ公演で大声で絶叫する、というのは「お、お嬢様、突然何を!」みたいな感じで面白かったし(笑)、面白かったというか意外だったからこそ、より言葉がファンに届いた気がする。
※下の画像では表示されていないけれど、クリックすると絶叫している彼女の写真なのでぜひ見て下さい。

だから、ある意味はじけた彼女の言葉はこれからもっと聞きたい。

冒頭に書いた2017年の1月21日1部の「季節公演~冬~」、と2017年7月17日2部の「FRONTIER~LinQ第三楽章~」公演、共通していたのは新木さくらがセンターだった、ということに加えて、確かFRONTIER衣装だったことだと思う(前者が定かではないけれど冬公演だからたぶんそうだ)。なんでかわからないけれど、あの衣装のさくらちゃんはとても好きだ。

それはたぶん、なんかこう、思いを重ね合わせやすい衣装、だからかもしれない。
でもそれは、たぶんだけれど、新木さくらを見ているといろんな気持ちが抜け落ちていって、単に「いいなあ…」という見とれるだけの気持ちになるから、かもしれない。自分の頭の中の色と同じ衣装だからかもしれない。

7月17日は私にとって最後のベストホール公演だったし、定期公演としても事実上最後(翌週からはプレゼンツ公演だらけになるので)。しかも思い入れのある曲ばかりだったので、下手立ち最前でボーッと見ていた。いや、見とれていた。何も考えずに無の気持ちで。

後で彼女の物販に行ったら「立ちでじーっと見てましたね」と言われた。


思えばそれから二週間ちょっと。私は再び空を見上げることが続いた。これまでに経験したことのないような深い悲しみ、いや、悲しみにまで至らない、ものすごくいろんな気持ちがごっちゃになる日々が続いた。

雲は空をただよっていた。そのただよいは、どこか気持ちを和らげた。
答えをくれるわけではないけれど、ただ見ているだけで気持ちが抜け落とされていくような。


Love in Qushu
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