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トキヲイキルハマワル

by Love in Qushu

「この舞台は本当に見て下さい!」
2週間前、LinQの4人の卒業公演を見に行ったときにお会いした、私にとって大切な人から言われたその言葉がきっかけだった。こうして私は初めてトキヲイキルの舞台を見に行った。

ちなみに私は舞台はあまり興味がない。ふと、今までに見た舞台の数を記憶の限りたどってみたけれど、もしかしたら両手に収まってしまう回数かもしれない。推しが舞台に出演したときは見たけれどいずれも複数回は見ていない。だからたぶんその人のその言葉がなかったら、こうして舞台のためだけに福岡に来ることはなかったかなと思う。

そして私は映画や舞台を見るときは極力情報を遮断して、見る。という中で4/14(土)にトキヲイキルの二回目となる公演「燈火の中、貴方を想ふ」を見てきた。

どんな舞台になるのだろう。かつてLinQで見ていたトキヲイキルのメンバーはどんな役者になっているんだろう。そんな一種のワクワク感は、冒頭で登場した原さんの表情が一蹴した。出演者が、自分の名前の書かれた布を広げて自己紹介をするのだが、原さんは既にその時点で役に入り込んでいた。その後登場した大庭ちゃんも、素っ気なく布を広げた時点で既に役になりきっていた。既にトキヲイキルのメンバーたちは、私の知らないメンバーになっていた。

さて、どの話からしよう。まずはストーリーからにしようか。
簡単に言えば戦時下、主人公が身を寄せた疎開先の軍需工場が舞台の話だ。男はみな戦場に送られ、飛行機の整備という仕事まで女性の仕事になっていた。でも、思えば今の時代だって、当初は男性だけの職場だったところ(例えば運転手とか車掌とか)に女性が第一線で活躍している時代だ。その点ではどこか今の時代にも通ずる部分があった。女性たちが、過酷な状況の中で必死に生きている。戦時下の話だけれどそれは決して今の世界と断絶されていない、リンクしているものだった。考えてみればアイドルグループだって女性だけの世界だ。今にして思えば、アイドルグループのメンバーが中心だったこの舞台に、よりリアリティを与えていた気がする。当時は男性がやるべきこと───畑にやってきたイノシシ狩りとか───も女性が率先してやっていた。その女性の男気というか、男勝りな部分が、この職場のリーダーだった原さんが見事にハマっていた。

ただ、女性だけの世界ということで、そこには女性ならではのことが起こる。それが、出産だった。その出産という急な事態も、そこにいた女性たちが乗り切った。必死で生きるということ、そしてその中から新たな「生きる」という存在…生きるメンバーが新たに加わった…今にして思えばその子供だけが舞台の中での唯一の男性、だった(役者としての出演ではなかったけれど)。

戦況の悪化で労働時間は長くなり、配給は少なくなる、とどんどん苦しい状況になっていく中で、彼女たちはそれでも歯を食いしばって生きていく…戦時下と言うことで「火垂るの墓」(ちょうど金曜にやっていた)を思い浮かべた人も多かったと思うけれど、私は「もののけ姫」の方が近いと思った。

そんな中でも彼女たちは笑うことを忘れず、そして女性らしくあること───恋だ───を忘れなかった。明るさと、暗さと、あたたかさと、悲しさと…この作品にはいろんな感情が詰まっていた。

さて。
今回の舞台の特徴は、アイドルグループのメンバーや出身者が中心の舞台だったということだ。劇団とか役者集団とか、ではない。ただ、逆にそれがよかったというか。女性社会で生きているわけで、そこは今回の舞台の内容と見事に一致していた。彼女たちだからこそ演じられた部分がたくさんあると思う。今回の舞台はつらい状況でもみな笑顔を失わない、ということだったけれど、アイドルグループだってそうだ。その部分は見事にシンクロしていたと思う。というより伊藤さんと柏原さんがそこを引き出そうとし、彼女たちだからこそ表現でき、より輝く内容にしたのではと思う。

トキヲイキルのメンバーたちはまだ舞台経験は少ないけれど、舞台経験が少なくてもアイドルとしてステージ自体にはこれまでも立っていたわけで、つまり同じステージに立つ者同士、表現には変わらないわけで、アイドルグループのメンバーとしての表現手法を最大限活かす、彼女たちだからこそ舞台で表現できるもの、を何より大事にしていた気がする。

それは同時に、よりメンバーたちがナチュラルに演じられる、ということにもつながっていたと思う。原さんだってあの凛々しさが今回の舞台でより一層輝いていた気がしたし、これが初舞台だったなっちゃんはかなり自然体で演じられたと思う。とにかく出演者一人一人に丁寧に光を当て、一人一人の持つキャラをより花開かせるような、そしてこの経験がさらに今後の人生に生きるように、というところまで考えられていた脚本であり演出だったと思う。

ただ、私は一回しか見なかったのでストーリーを全て理解することはできなかった。幸い、今回だけでなく東京でも見ていた人が知り合いにたくさんいたので、「あのシーンのあそこはこういうことで」という解説をたくさん聞くことができたのはありがたかった。もちろん、何回も見ればそのときで感じ方も違うし、意図もより理解できたり、実は別のメンバーがこんな表情をしている、といった楽しみももっと増えるのだろう。特にこの作品は出演者も多いので、「何回見ても、そのたびに発見がある」ようになっていたと思う。そういう作品にすることも求められていたと思うし、いろんなことを考慮しなければならない作品だったと思った。

ただでさえ、役者経験もそれほど多いとは言えない出演陣なわけで、でもそういう出演者たちでもすんなりと演技しやすいようにするということも必要なわけで、それらを全て取り込んで作品として完成度の高いものにする一連の作業は本当にすごいなと思った。そこに何より価値があるのではと思った。

と、作品だけでこんなに長くなるつもりはなかったのだが(笑)
本題はむしろここからである。

トキヲイキルのメンバーの演技についてだけれど、原さんは既に述べたとおり。大庭ちゃんは本人のキャラクターとは異なっていてけっこう大変だったと思う(笑うシーンもなかったのでは…)。でも、そこはさすがというか。宙愛ちゃんも片言の日本語を使う役で大変だったけれどそれを全く感じさせなかった。ももまゆちゃんは明るいキャラでそこは普段を彷彿とさせるものはあったけれど、だからこそ桃咲まゆになってしまわないように気をつける必要があったというか。

でも、何よりこっとんだったなあ…正直、LinQで見ていたこっとんはなんだったんだ、と思えるくらい、もう完全に別人になっていた。LinQの時になかなか持てなかった自信がトキヲイキルで持つことができて、今は確信に切り替わっている。そんな印象だ。

岸まゆちゃんはもう言うこともない演技ぶりだったんだけれど、舞台が終わって最後、出演者たちが数人ずつ前に出てお辞儀してはけていくところで、彼女は一人畳の上で微笑みながらその様子を見ていた。

その微笑みは、当初主演として出演者を「お疲れさま」と見送っているのかなと思ったけれど、それだけではない、どこか慈愛に満ちた笑みを浮かべていて…

という話を終演後の物販で話したら、あれは、最後に亡くなった自分の役が、天国から出演者たちを見守っているという笑みだったという話を聞いて、すげえ!と。いったん出演者がはけて暗転した後に最後に全員が勢揃いして挨拶して初めて舞台が終わるのであって、その時点ではまだ舞台は続いている、ということなのだろう。そんなの当たり前だろって思われるかもしれないけれど、私はそんなに舞台を見ていないからそう思ったわけです。

トキヲイキルのメンバーではないけれど、なっちゃんはある意味天野なつとしてのソロ活動の第一歩を踏み出したわけで(卒業公演は6/9なのでまだ第一歩と言えない部分もあるけどね)。ただ、舞台のあるシーンで、早朝のシーンかなあ…「朝だー」みたいに伸びをしながら舞台に入ってきて、そこは彼女が見せる「Wake up」のオープニングの姿と重なった。

そう考えると「マイ・フェイバリット・ソング」のエンディングの顔の上げ方といい、彼女はライブでもけっこう演技というか、曲の世界に入り込んで演じている部分も多いメンバーだったので、それが舞台でも生きているんだなあと。

メンバーの話はここまで。
そして個人的に興味深かったのは構成だった。今回の舞台は一部は舞台、二部はライブとトークショーという二部構成になっていた。いや、その後の物販を考えれば三部構成とも言える。これは一般的な舞台としては珍しいのではと思う。基本的に舞台は舞台だけ(前述で言えば一部)で終わる。舞台の後にライブもトークショーも楽しんでもらうというのはあまりケースがないのではと思う。ここにトキヲイキルの一つの手法があると思う。もちろん舞台も楽しいけれど、ライブとトークショーがそれを補完する。ライブはこの舞台のテーマ曲というか(舞台中に流れる曲ではなかったけれど)、それをライブパフォーマンスでよりその世界を表現する。舞台の世界を補完する。トークショーは舞台の舞台裏などを話すことでより余韻に浸れるようにする。

いわば、舞台を舞台だけで完結させないところにトキヲイキルの目指すところがあると思う。いや、もちろん舞台はあくまで舞台であって、舞台だけでいいという人もいるだろう。そういう人は、一部と二部の間に10分もインターバルがあるからそこで帰ればいい、という選択肢も与えている。ただ、今回難しかったのは、舞台がシリアスだったので、トークショーでその世界が崩れる危険性もあった。あのシーンのあの演技面白いよね、みたいな話になると、役者としてはそこを意識しすぎるし笑いをこらえなきゃという変なプレッシャーも出てくるかもしれない。今回の舞台ではそこが難しかったかもしれない。

あれだけシリアスな舞台を見た後に、出演者たちがいわば真逆の、笑いの絶えないトークショーは、いわば悲しみと喜びというあらゆる感情を、つまり一部の悲しみを二部の楽しさで補完していて、観客の心を左右に揺さぶる形になっていた。そこが興味深かった。

個人的には舞台後の物販、というのはあまりないケースだし(かつて小劇団を見たときは、終演後に出演者と誰でも歓談できるようになっていたけれど)、自分の中で見た舞台の世界が崩れてしまうのかな…とも思ったけれど(自分の中ではあくまで出演者は演じていた役者。岸まゆちゃんでいえば岸田麻佑ではなく小田桐照子。そこはアイドルグループとして同じ岸田麻佑でステージに立つのとは違う)、やっぱり舞台の感想は伝えたいし、頑張った人はそれをきちんと面と向かって評価したいし、そしてさっき書いたみたいに「あの演技は実は」みたいな話を聞けるのは大きかった。

さて。

この、トキヲイキルによる舞台というのは三つの意味を持っていると思う。一つはIQプロジェクトとしてエンタメの幅を広げること。前にも書いたけれど、エンターテイメント集団になるためには舞台は欠かせない。アイドルには興味がなくても舞台には興味があるという人もいるし、例えばIQが仕事でお付き合いのある企業に「ぜひライブを見に来て下さい」と言っても来てくれないかもしれないが、舞台なら来てくれるという人も多いだろう。もっと極端に言えば、ライブはヤフオクドームの野球で言えばライトスタントで見るようなものだけれど(ファンの熱気が伝わってくるし)、舞台はネット裏とかボックスシートでゆったりと見ている感じだ。その違いは大きいと思う。

そして二つ目は、メンバーのセカンドキャリア。アイドルとして活躍できる期間は申し訳ないが短い。だけれど、タレントとして活動できる期間はまだまだある。その一つが俳優業だ。今までのLinQにはそれがなかった(智聖さん、みくさんが先駆者だ)。あさみさんのように運営に回るとしても当然枠が少ない。

これが何に似ているかというと、プロ野球だと思う。今までは引退してもその後のセカンドキャリアがなかなか整備されてなかった。コーチになったり、解説者になったりとプロ野球に関わり続けられる人は、ある程度の成績を残した人とかごく一部。たいていは野球とは関係のない世界への転身を余儀なくされた。といっても野球しかやってこなかったからいわば社会を知らない状態だったので、サラリーマンとか違う世界に飛び込むのは大変だったと思う。手っ取り早いと思って飲食店とかやってみたけれど失敗した、なんてケースはたくさん聞いた気がする。

だが、最近はセカンドキャリアを支援する会社もできたし、なにより球団がアカデミーの設立など、新たな雇用を生み出している。引退後も球団が面倒を見る(ソフトバンクやヤクルトのように親会社が面倒を見るケースもある)。選手を預ける親御さんからしたら、プロでやっていけるかどうかわからない子供を、引退後も面倒を見てくれる球団に入れた方が安心だし、何よりプロ入り拒否を減らすメリットもある。

IQが今後発展していく中で、当然いい人材を確保していきたい。上記のプロ野球とスキームと全く同じである。東京に行かせる金はない、自分の近くにいさせたい、アイドルとして活躍した後もそのままこの世界で安定した収入が見込めるのであればなおさら安心…

さまざまな事情でアイドルに進まなかった人たちを呼び込める大きなプロジェクトになっているのではと個人的には思う。最近乃木坂を勉強しているけれど、白石麻衣を発掘できたのが乃木坂にとっては何より大きかったと思っている。彼女はAKBやハロプロに入る気はなかったけれど乃木坂に入った。「こういう道もあるよ」という選択肢があったから、だと個人的には思う。IQはそういう選択肢をたくさん作ろうとしている。もしかしたらそのうちお笑いグループも出てくるかもしれない。もしかしたらスポーツチームを持つかもしれない。「九州の若い女性が輝ける場がここにはあります」。それがIQの目指す先なのかもしれない。

セカンドキャリアという点で話はそれるけれど、あーみんがある団体のPR担当になっていた。アイドルは企業広報にはうってつけだと気づかされた。ブログとかSNSでの情報発信のスキルも持っているし。この話だけで長くなるのでそれはまた改めて。

三つ目は、九州の他のグループも巻き込む存在になっていること。今回の舞台にはQunQunのメンバーも出ていたし、なかなか自力では舞台ができないであろう他のグループも参加できるようになっていたのは大きいと思う。簡単に言えば、舞台経験を積ませられて、メンバーの幅を広げられるのだ(あと、アイドルを卒業することになったなっちゃんも、次の人生の選択肢を与える場にもなったと思う)。

だから結果的に九州のエンタメシーンの盛り上げを担っている気がする。
「はいはーい、こういう舞台やるから、参加したい人は手を挙げてー」
チェキおじさん…もとい、運営のプロデューサーの声が聞こえてきそうだ。

この舞台を見てから、トキヲイキルのあの∞のマークは、無限大というよりは、いろんなものを巻き込むサーキットのように思えた。チェキおじさ…プロデューサーが∞状のサーキットを作り、トキヲイキルのメンバーたちが走り出した。やがてなっちゃんが、そして他のグループのメンバーもそのサーキットにやってきて、一緒に走り出した。今まさに、∞というそのサーキットを走っている。そしてそこを走る人がどんどん増えている。

∞のマークは、気づけばまさにそんな走っている人たちがそこにいるかのように見えるようになった。メンバー、伊藤さん、柏原さんの舞台のスタッフ、運営、そしてファン…いろんなものが∞というサーキットをぐるぐるぐるぐる回っている。それはなんて幸せな光景なんだろうと思った。


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