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2018年6月9日。それは、天野なつになった日

by Love in Qushu

「いやー、生誕来て欲しかったです」
2016年8月5日、東京・ヴィーナスフォートでの「ふるさとジャポン」の特典会で開口一番、彼女からそう言われた。繰り返すが、8月5日のことである。

当時の私は、5周年ライブで燃え尽きて(ライブパンフの制作に関わったり、初めて裏でも関わらせていただいたライブだった)、一時期SNSもやらないほど、LinQを始めいろんなものから距離を置いていた。その日が3か月ぶりのLinQ現場だった。たまたま会社の近くで特典会やっているみたいだから行ってみようか、推しもリーダーもいるし、と。

そこで久しぶりにあった彼女から開口一番発せられたのが、冒頭の言葉だった。

えっ、なんで過去形?
だって生誕公演って来週やん…なんでオレが行かない前提になっているんだろう。

それから彼女はもう一度「生誕来て欲しかったです」といい、物販後、ふと見ると写真には「生誕来て欲しかったー※」(※は*o*みたいな顔文字)と書かれていた。

なんで来ない前提でこの子は話しているんや…
その疑問がなかなかぬぐえなかった。過去形。なぜか過去形。なぜ過去形?

生誕は来週か…いやいや何バカなこと言ってるんだ、来週末なんかとても行けるわけないやろ。だってほら、仕事が…
ん?待てよ、行けるかも?

こうして私は見事に釣られて(笑)、翌週末福岡に足を運ぶことになった。基本的に彼女とももまゆちゃんの生誕はお盆とかぶるので航空券が高くなかなか遠くのファンは行きづらいのだが、当時は飛行機がダメで新幹線でしか行ってなかった私には関係なかった(新幹線の値段は基本的に高騰しない)。着いた土曜一部の物販で挨拶したら、本人もまさか来ているとは思わなかったそうでびっくりされた(って釣ったくせに 笑)。

ただ、翌日の彼女の生誕公演を見て、なぜ彼女がそこまでして来て欲しかったのか、がなんとなくわかった気がした。

これは何回も書いているけれど、
LinQとの出会いは2014年1月の「カラフルデイズ」のリリイベだった。ただ2012年12月の「嫁コレアイドル Presents LinQ東京公演」と、2013年3月の新生LinQ公演「いろいろかわLinQ in 東京」を見ていた。つまりあさみさんがリーダーの、そして彼女がリーダーになったばかりの公演を見ているのだが、そのときは特に印象には残っていなかった(当時はまだアイドルヲタになっていなかったというのもあるんだけど)。

リリイベで推しに注目するようになり、そして3月のAKIBAカルチャーズ劇場で初めて一ヲタとしてデビューするのだが、そこで見た彼女のパフォーマンスが何より衝撃だった。

「はじけるというのは彼女のためにある言葉だな」

やがて仕事でLinQと関わるようになり、やはりリーダーと言うこともあって、これまで私が行った3回のグループインタビュー全てに彼女はいた。そして、個人でも何回かインタビューをしたんだけれど…

彼女を一言で言うとこの言葉に尽きる。
「LinQが好きで好きでたまらない」

だから、なんか、LinQのために生まれてきたような子、だった。

そしてそのLinQ好きというか、どういうところが好きか、という部分が、私と彼女は似ていたと思う。だから釣ってまで来て欲しかったんじゃないかなあ…というのは曲解もはなはだしいんだけれど(でも5%くらいは間違っていないと思うよ)。そしてあの生誕公演(事実上LinQの彼女として最後の生誕公演になってしまった)は、彼女が考えるというか好きなLinQを出した公演だったと思うし、アーカイブで配信されているのは非常に大きい。

ちなみにこの生誕公演なんだけれど、3月に行われたインタビューでこんなことを言っていた。ある意味それを実現させたのだ。

だから、ベストホールの日曜一部とか一枠、私に欲しいです(笑)。プロデュースしたいんです。私は出ずに、メンバーを選んで、その子のやりたいこととかを聞いて、一緒に作っていって、ライブを冷静に見たいんです。

とまあ、話が長くなってしまったけれど、この公演のことはここに書いているので宜しければ。

LinQが好きで好きでたまらない。
だから、彼女はリーダーとして、大好きなLinQを守ってきたのだと思う。

皆さんはリーダーというとどういうタイプを思い浮かべるだろうか。私は引っ張る、「ついておいで」みたいなタイプなのだが、彼女はみんなが元気に走っていく様子を後ろから見守るリーダーだったと思う。みんなに楽しんでもらうためにはどうしたらいいか。それを何より考えていた。

ただ…私には少し気になることがあった。それは、「彼女」の言葉がなかなか聞こえてこないこと、だった。個人としての夢を訪ねても、他のメンバーはたいていは出てくるのだが、彼女はこうだった。

他のメンバーには女優とかモデルとか個々の夢がありますが、私にはその先の夢がなくて、たぶんメンバーの中でももやっとしている方なので。その分、LinQに懸けているというか、個人の夢がLinQになる感じです。

インタビューで話を聞いても、LinQのリーダーとしての彼女の言葉はたくさん聞けるんだけれど、一個人としての彼女の言葉、というのがなかなか聞かれなかった気がする。というより、なかったのかもしれない。

LinQに全てを捧げた。
7年間の彼女はまさにそんな感じだったのではないだろうか。

一方で。リーダーになってからの彼女は、それが重くのしかかった部分があったのではないだろうか。他のメンバーのことを思い、とにかく頑張ってしまう。だから、LinQ全体が彼女に依存した部分が多かったのではと思う。再開発プロジェクトの動画で、メンバーで役割分担を見直した、というのがあったけれど、あれは彼女の負担を減らすと同時に、全てを彼女に依存していた体制を見直した部分もあったと思う。

彼女は抱え込みすぎてしまったのかなあ…
そして何より彼女は抱え込める人でもあった。何でもできちゃう人だった。

だからみんな、やさしすぎる彼女に甘えてしまったんだろうなあと思う。だから再開発プロジェクトは一方で、彼女の負担を減らす部分もあった。気づけば彼女が背負っていた重い荷物を、みんなで分け合って背負う。LinQのリーダーとして、ではなく、LinQに所属するアイドルの一人としてステージに立てるように。

そこで負傷してしまうわけだが…

だから、6月9日は、やっとこうしてステージでパフォーマンスを披露できる彼女が帰ってきたなあ、と喜んだけれど、「でもやっと戻ってきたのにLinQとしてのパフォーマンスはこれが見納めなのか」と気づいてものすごく悲しくなった。けれどそれはほんの一瞬だった。

なんだろう。「またこういう彼女が見られるだろう」という安心感というか、根拠のない未来がそれを払拭させてくれたというか。これがゴールじゃない。始まりなんだ、と。アフターパーティーでは私の大好きな「Let's Feel Together」を見られたんだけど、これがもう見られない、なんて思いは全くよぎらずむしろ「あ、また彼女が出演するこの曲が聴ける未来が待っているんだ」という喜びの方が大きかった。

6月9日の彼女の卒業公演は、彼女にとってのLinQ、が全て注ぎ込まれていたと思う(アフターパーティーも含めて)。でも、それは何も「私が好きだったLinQ」だけじゃなかったのがポイントだった。過去のLinQと今のLinQを含めたIQ。それはまさに過去と現在をつなぐことで、その先が見えた公演だった。彼女は何回か、卒業公演じゃなくて生誕公演みたい、と言っていたけれど、それは照れ隠しの部分もあったかもしれないけれど、でもまさにそうだと思った。

結果的にLinQを離れたことで、当時のLinQメンバーなり、IQプロジェクトを俯瞰して見られるようになったのではと思う。それはこの一年で彼女が手に入れた一つの武器なのではないだろうか。

好きすぎるからこそ、見えなくなるものもある。一度離れて見てみると、また違ったものが見えてくる。

卒業公演のベストホールでは、自分で詞を書いた「Re start」でソロシンガーとしての第一歩を踏み出した。アフターパーティーでは、「芸能の仕事を辞めたらディズニーランドでバイトしようと思っていた」という紹介の後に「どこまでも ~How Far I'll Go~」を披露した。

普段のLinQとはまた違う歌いっぷりが本当に見事で…というか、なんかもう、ミュージカル女優みたいな声で…これを舞浜で聞いてみたかった気もするが(笑)、いやいやいや。

しかもその後のMCで、この「Re start」が、ParksRecordsの松尾宗能さんの作曲と聞いてぶったまげた。このブログを読んでいる方はあまりご存じないと思うけれど、かつてやっていたRKBラジオの「凡人会議」のパーソナリティーで、女性アーティストを手がけたりしている方だ(って、松尾さんを簡単に説明するのが難しいことに気づいた 笑)。星野みちるさんや脇田もなりさんなどを番組で紹介していわば「凡人会議ファミリー」的なものも形成していたし。過去私もブログに書いたことがある。

元々この「さよならサンセット」をSHiNTAさんが手がけていることをたまたま知って、凡人会議の存在を知って松尾さんを知ることになるんだけれど、その後、我らが浦郷えりか(笑)を手がけてと言うか、手がける以上というか、とにかく愛情持ってガールズポップを世に送り出す、ということについては非常に長けた方だ(上から目線みたいな言い方になってしまっているけれど、そんなつもりはなくて、とにかく、素晴らしい方だということが言いたい)。

そんな意味でも、あ、今日から始まった、と思った。松尾さん、彼女を宜しくお願いいたします!スセンジーナにも負けない、また違った破壊力ありますから!(笑)

だから、スセンジーナが東京に去って生まれた福岡のガールズポップ界の一種の空洞感(これは大げさだけど)を、彼女が救うのかもしれない。全く個人的な感想なんだけれど、そう思った。


リーダーとしてだけでなく自分自身への自信も失われた再開発プロジェクトという精神的な苦痛、そして負傷という身体的な苦痛。それらを乗り越えて、彼女は強くなって帰ってきた。LinQのリーダーとして、ではなく、一人の大人の女性として。

そして偶然にも、夏はちょうど始まったばかりなのだ。



2018年4月14日。トキヲイキルの舞台を見に新千歳空港に向かうバスの中で、ふと6月9日のことに思いを馳せていた。だんだん近づいてきたその日。その日はどんな日になるんだろう。どんな彼女が見られるんだろう。そして私はどんなブログを書くんだろう。いろいろ思いを巡らしている中、思いついたのがこのタイトルだった。約2ヶ月後。それは結果的に全く間違ってなかった。

2018年6月9日。それは、天野なつになった日


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